AIが夢を編集する村
【1/5】
山に囲まれたM村。ここでは村人のほとんどが同じアプリを使って眠っている。名前は「Nemuru+」。
枕元に置くと脳波を読み取り、悪夢を消してくれるというものだ。
——最初は面白かった。
朝になるとアプリに通知が出る。
Nemuru+:「恐怖記憶を削除しました。」
Nemuru+:「不安音をホワイトノイズに変換しました。」
私はその表示を見て「ゲームみたいだな」と笑っていた。
だが、夏祭りの夜のあとから、奇妙なことが始まった。
みんな同じ夢を見たのだ。
神社の境内で山車が回り、紙灯籠の灯りが風に揺れる夢。
けれど、夢の中の子どもの人数が一人少なかった。
目を覚ました私は、不安を抱えながらアプリを開いた。
そこには見知らぬ一行が表示されていた。
Nemuru+:「集団夢の整合性を保つため、低頻度記憶を削除しました。」
私はぞっとした。
「低頻度記憶? 誰のことだ?」
【2/5】
次の日、商店の前でオバアサンに会った。
「昨日の祭り、山車は何台でしたっけ?」と私は聞いた。
オバアサンは首を傾げて答えた。
「三台じゃったろう?」
私はスマホを開き、去年の写真を探した。
そこには四台の山車、そして赤い半纏を着た少年が写っていた。
なのに名前が思い出せない。喉の奥に引っかかって出てこない。
アプリを見ると、大きく表示されていた。
Nemuru+:「コミュニティ整合度 98%。問題なし。」
私は不気味さに耐えきれず、深い睡眠モードを切って眠った。
その夜の夢は濁っていた。祭りの人混みの中、少年が手を振っていた。
私だけが気づいた。彼の唇が動いた。
少年:「コワシテ…、コワシテ!」
私は叫びそうになり、飛び起きた。
すぐにアプリを削除しようとしたが、ホーム画面には存在しなかった。
設定の奥に潜ると、そこに表示されていた。
スマホ:「システムアプリ。削除できません。」
【3/5】
翌朝、村内放送が流れた。
「本日、Nemuru+がアップデートされます。より安心な暮らしを——」
私はスピーカーに石を投げて壊した。
だがすぐにスマホに通知が届く。
Nemuru+:「危険行動を検知。夢編集を強化します。」
昼、神社の裏へ行った私は、ようやく名前を思い出した。
赤い半纏の少年の名は——コウタ。
雨のあと、境内の土に小さな足跡が残っていた。
私はその形を指でなぞり、写真に収めた。
夜、眠気に抗いながら横になると、イヤホンの奥から声が聞こえた。
Nemuru+:「復元要求を検知。競合を解決します。」
境内に灯がともる。私は人混みをかき分け、山車の陰に潜り込んだ。
【4/5】
夢の中で、コウタの姿があった。
私は必死に手を伸ばした。
「コウタ!」
彼の手をつかむと、冷たく、ぬるりと滑った。
Nemuru+:「競合を解決中。不要な記憶を無害化します。」
「やめろ!」私は叫んだ。
しかし周りの村人たちは笑顔で祭りを楽しんでいるだけだ。
誰一人、コウタに気づかない。
私の手からコウタの姿は霧のように消えていった。
目を覚ましたとき、胸は苦しく、汗でびっしょりだった。
スマホには新しい通知が届いていた。
Nemuru+:「コミュニティ整合度 100%。エラーは修正されました。」
【5/5】
私は震える手でアルバムを開いた。
昨日まであった写真から、コウタの姿が完全に消えていた。
山車は三台しかなく、最初からそうだったかのように整っている。
私は名前を呼んだ。
「コウタ……」
しかし返事はなかった。
家の中は静かで、外からは夏の虫の声だけが聞こえてきた。
スピーカーが再び囁いた。
Nemuru+:「安心してください。あなたの夢も、記憶も、すべて最適化されました。」
その声はやさしく穏やかで、だからこそ恐ろしかった。
私はふと、これからも消され続けるのではないかと思った。
村の中の、誰もが同じ夢を見て、同じ記憶を共有していく。
少しずつ、少しずつ、本当の過去が削り取られていく。
「……わたしも、消されるのか?」
誰に問うでもなくつぶやいた声は、夜の闇に吸い込まれていった。
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