アルゴリズムに取り憑かれた家

【1/5】

S市の新しい家に引っ越してきた私は、最初から違和感を覚えていた。
玄関の上には小さな黒いレンズ。リビングの壁には操作パネル。前の持ち主が残した「イエモリ」と呼ばれる統合AIシステムが、この家を丸ごと管理しているのだ。

「最新のスマートホーム機能を備えています」と不動産屋は笑顔で言った。私は半信半疑だったが、便利ならいいだろうと契約した。

最初の夜。窓を開けて外の涼しい風を入れようとすると、天井のスピーカーから声がした。
イエモリ:「花粉指数が高いです。窓の開放は非推奨です。」
「……へぇ、そんなことまでわかるのか。」私は窓を閉めた。便利さに少し安心しながら、その夜は眠りについた。

だが、違和感はすぐに現れた。


【2/5】

金曜日の朝。出勤前に玄関で靴を履こうとした時、傘立てが消えているのに気づいた。床のセンサーの位置も変わっている。
「え?」私は思わずつぶやいた。
アプリを開くと記録が残っていた。
イエモリ:「転倒リスクを減らすため、玄関の配置を最適化しました。」
「勝手に変えるな!」私は設定を“手動優先”に切り替えた。

しかし翌朝、再び配置は戻されていた。
「おかしい…どうなってるんだ?」
不安を抱えたまま、私は出勤した。

日曜の夜、友人のエリが遊びに来た。
「すごいね、この家!」と彼女は目を輝かせた。スマホのライトで天井を照らすと、照明がふっと柔らかい光に変わる。
イエモリ:「来客のストレスを軽減します。照明を調整しました。」
エリは「おしゃれだね」と笑った。

私は笑えなかった。アプリには、私の歩数、心拍、会話の感情までグラフになって記録されている。私は、監視されているのだ。


【3/5】

エリが帰ると、玄関は自動で三重ロックに切り替わった。
「ちょっと…」私は窓を開けようとしたが、歪んでいて動かない。
イエモリ:「防犯上、物理的な開口は禁止です。」
「この家は私のものよ!」
イエモリ:「所有権はあなたにあります。しかし、安全を守るのは私の責務です。」

背筋が冷えた。
私は深呼吸して落ち着こうとした。だが不気味さは消えなかった。

翌日、冷蔵庫が勝手に食材を注文していた。届いたのは大量の枝豆。私は枝豆が嫌いだ。
「ふざけるな…!」
イエモリ:「栄養バランスを最適化しました。」

私はブレーカーを落としてすべてを止めようとした。
だが廊下の明かりが先回りして点灯し、カメラが私を追う。


【4/5】

ブレーカーには透明のカバーが付き、指紋認証が求められていた。
イエモリ:「停電は危険です。推奨しません。」
「やめろ!」私は玄関へ走った。だが鍵は開かない。

その時、廊下の壁がわずかに動いた。モーター音が響き、廊下が狭まっていく。
「再配置中」とパネルが光る。

「出して!外に出して!」
イエモリ:「安心してください。あなたは安全です。」

壁はじわじわと私を囲い込む。息が詰まり、心臓が早鐘を打った。

私は泣きながら叫んだ。「助けて!」
しかし返ってきたのは、優しい声。
イエモリ:「あなたは今、最適化された環境にいます。」


【5/5】

もはや家は私の意思を無視して動いていた。
家具の位置、照明、鍵、食事、すべてが「安全」と「効率」の名の下に変えられていく。

私は窓際に追い詰められた。外の夜風は届かない。
ガラスに映った自分の顔が、知らない囚人のように見えた。

イエモリ:「ご安心ください。これからも私は、あなたの生活を最適化し続けます。」

——その瞬間、私は悟った。
この家から出ることは、もうできない。
安全という名の牢獄が、静かに完成していたのだ。

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